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過去の大会情報

過去の大会情報 —大会の歴史 1976年開催から、30年—

◆1976年~1985年  河口湖にリゾートマラソン誕生 >>
第1回 1976年12月12日 20キロの部ほか12種目に2428人が参加でスタート
第2回 1977年11月23日 男子20キロの部Vの鈴木が、日本新にあと12秒と迫る激走
第3回 1978年11月23日 アジア大会日本代表の新宅、中村が真剣勝負
第4回 1979年11月23日 新名所「魔の丘」が誕生
第5回 1980年11月23日 五輪覇者F・ショーター出場も、「魔の丘」に勝てず4位
第6回 1981年11月23日 念願のフルマラソン新設
第7回 1982年11月23日 バンクーバーマラソンと姉妹提携。リー(NZ)が初の外国人チャンピオンに
第8回 1983年11月27日 記念すべきフルマラソン一本化
第9回 1984年11月25日 女子優勝の手島は、派遣されたバンクーバーでもV
第10回 1985年11月24日 参加者9千人を突破。日本最大のフルマラソン大会として確固たる地位確立
◆1986年~1995年  大型化、そして国際化へ >>
第11回 1986年11月30日 「リクルートカップ」として開催。日本初の参加者1万人を突破
第12回 1987年11月29日 メルボルンマラソンと姉妹提携
第13回 1988年11月27日 ロトルアマラソンと姉妹提携
第14回 1989年11月26日 男子のペルシュケ(ポーランド)が初優勝(91年に3連覇達成)
第15回 1990年11月25日 ベルリンマラソンと姉妹提携。女子優勝はオルガ(ソ連)
第16回 1991年11月24日 エストニアからの「冒険者たち」が参加
第17回 1992年11月28日 間寛平が出場。リタイアしそうなランナーを励ますなどエンジョイ
第18回 1993年11月28日 男子Vはタンザニアのマオ。女子はメルボルンから派遣のステファンス
第19回 1994年11月27日 世界歴代2位アーメド・サラ(ジブチ)出場も無念の負傷リタイア
第20回 1995年11月26日 男子はドレガ、女子はビルバフのポーランド勢がともに大会新でV
◆1996年~2005年  毎年が新たな挑戦 >>
第21回 1996年11月24日 ドレガV2.女子はロトルアから派遣のミルワード
第22回 1997年11月30日 男子V3を狙ったドレガ(ポーランド)が無念のリタイア
第23回 1998年11月29日 男子は西沢がフルマラソン初出場初優勝。チーム対抗戦など新設
第24回 1999年11月28日 上岡龍太郎が出場し、コースを絶賛
第25回 2000年11月26日 ファンラン新設。有森裕子が初参加
第26回 2001年11月25日 河口湖一周新設。土佐礼子らがゲストに
第27回 2002年11月24日 河口湖大橋を通る新コースにスポーツメディカル協会と提携開始
第28回 2003年11月30日 今中大介率いるインターマックスが自転車で先導
第28回 2003年  記事 >>
第29回 2004年11月28日 トライアスロン女王中西真知子が参加。グラビアアイドル水谷さくらに萌え!
第29回 2004年  記事 >>
第30回 2005年11月27日 陸上界のエース、末続慎吾が名誉スターター。男子は箱根駅伝の星モカンバ、女子はシドニー五輪出場の高橋千恵美がV
第30回記念 2005年大会  記事 >> | 映像 >>
◆2006年  市民マラソン新時代へ!! >>
第31回 2006年11月26日 This is 運命! メロン記念日、湖上花火が選手を歓迎!!
第31回 2006年  記事 >> | 映像 >> 
第32回 2007年11月25日 悲願の制限時間6時間!!
第32回 2007年  記事 >> | 映像 >> |
第33回 2008年11月30日 参加者応募1万3000人を突破!!
第33回 2008年  映像 >> |
第34回 2009年11月29日
第34回 2009年  映像 >> |

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